AIができることについて理解することは、AIモデルを成功させる上でとても重要なことだ。そこで、AIが得意な分野とそうでない分野について整理したい。筆者は顧客から次のようなリクエストをいただくことが多い。「人間以上に素晴らしい判断をする人工知能をつくり、仕事の判断を任せて全自動化したい」というものだ。実はこのリクエストの実現は非常に難しい。現状のAIが得意なこととギャップがあるからだ。

何が問題なのか。現状でAIが人間の判断を超えることができるのは、前提条件が限定的でキッチリとルールが引かれている。例えば、囲碁や将棋の世界である。この世界では、人間の世界チャンピョンをAIが打ち負かしている。一方、ビジネスの世界で、AIが経験20~30年の大ベテランの判断を超えることは難しい。ゲームのようにルールが明確に定められてなく、多くの例外が発生するからだ。この例外がAIの精度を低くしてしまうのだ。
AIでは人の80~90%の精度が出ればよいといわざるを得ない。裏を返せば、人間は例外への対応が得意なのである。このため、「人間以上の素晴らしい判断」が難しいのである。では、AIには何をさせるべきなのか。それは、「人の手には負えないような大量の処理を低コストで実行する」「人間よりも圧倒的に早く対応できる」二つだ。この二つであれば、AIは有効に機能する。
逆にAIが苦手なものは、「ミスをせずに丁寧にこなす」「一発で勝負する」だ。AIモデル構築では、事前の検証を十分に行ったとしても、予想外の結果が返る可能があるし、少ない事例では十分な学習ができず正確な判断が下せない。そのため、人間による多重のチェックが必要になるし、少数パターンの判断は人に委ねる方が良いのだ。人間には、「常識」と呼ばれている知見があって、「こういう場合はこのように処理した方が上手くのではないか」という判断ができる。つまり一発勝負に適した判断をするのである。
ということで、AIモデルを成功させるためには、AIを活用する分野と、人の判断に委ねる分野を明確に分けて、モデル設計していく必要がある。では、AIに任せる分野では、AIは何ができるのか。それは、「識別」と「予測」と「実行」である。これらの道具を組み合わせて、実課題を解いていくことになる。そして、AIが苦手な部分は人が判断をしてカバーしていくのである。

AIが「識別」と「予測」と「実行」を行う上で絶対に必要になるのがデータである。データには、AIが取り扱いやすいデータと、そうでないデータがある。例えば、データ―スに格納されているデータは取り扱いが易しいが、ExcelとかWordになると怪しくなる。社内にデータがない場合は、難易度が一気にあがるだろう。このようなケースでは、データを社外から収集する仕組みを最初に検討しなければならないので、いきなりAIを利用するフェーズにはならないのである。
執筆者プロフィール

戸嶋 龍哉(トジマ タツヤ)
The ROOM4D 取締役
長岡技術科学大学で情報工学系、特に自然言語処理やデータ分析に関わる分野を専門として学ぶ。ドリコムでソーシャルゲーム分析に従事。その後、DATUM STUDIOに創業期から参画し、幅広い分野のAIモデル構築やシステム開発を経験。2019年8月、The ROOM4Dを共同で設立。
こちらの記事は「週刊BCN+」に掲載(2022/8/26 )しております。